デニムに、終わりなし。
それはどこまでもどこまでも、続いていく藍と愛に染まったデニムの道。デニム生地を染めるインディゴ染色とはいたってシンプルなもので、染料が空気に触れることで酸化し、あの人々を魅了してやまない藍色となる。シンプルなものほど、ごまかしがきかないもの。かつての職人は、染料を舐めて酸化具合を確認していたほどです。その職人の技をいかに継承し、維持していけるか。同時にその技術で、新しく難しいものを生み出し続けられるか。
会長は言います。
「私の血液は藍色に染まっているんです。」
藍色の血が流れる、デニムを愛する人たちのその歩みは止まりません。
審査員ポイント
紡績、ロープ染色、旧式織機から最新鋭の革新織機までの織布、整理加工の一貫生産の強みを生かし、毎年800点から1,000点もの新商品のデニムを生み出す開発力は評価される。
クオリティの高い素材を常に市場に供給し続ける技術力、開発力は他の追従を許さない。ラグジュアリーブランドからの評価も高く、海外マーケットへの訴求力もある。
備後絣からデニムへ。
カイハラは、1893年に備後絣の染色と織布からスタートした会社です。その時代から藍染を得意としています。備後絣は、日本でよく着られていた「もんぺ」(絣の着物)の素材でした。農業人口が多い時代はよかったのですが、次第に減るにつれて備後絣業界も落ち込んでいきました。一方で、学生運動やベトナム反戦運動の影響で、ジーンズを履く人が日本でも増えてきました。そんな中、1970年にロープ染色によるデニムを日本で初めて市場に供給し、デニム事業を開始しました。
藍染に必要なのは、
昔から変わらない「職人の感覚」。
「藍」という染料は、空気に触れると酸化して青く発色します。シンプルですが、それゆえに難しいとも言えます。たくさん染めたいからと、束になった状態で糸を染料の中に入れると、空気を含むため染料が不安定になります。染料にひたす時間や空気にさらす時間が同じでも、再現性が異なってしまうという点が課題でした。普通の染色であれば、糸の重さや染料の温度、時間を管理すれば同じになるのですが、藍の染色は同じになりません。絣の時代は、職人が目で見たり、液を舐めてみたりして、細かい調整をしていました。職人の感覚を元に、徹底的にデータをとって再現性を高めていきました。
カイハラ株式会社 代表取締役会長
貝原 良治さん
こだわるために、機械さえも自社生産。
このような様々な研究を重ね、カイハラ独自のロープ染色機が生まれました。ロープ染色機は、糸の芯を白く残して表面だけを藍色に染める機械で、表面が擦れることによって中の白い部分が出てきてデニムの風合いになっていきます。この機械も当社で設計・開発した機械です。当時は、購入した中古部品をもとに、必要な機械を組み立てて作っていましたが、機械が壊れた時にすぐに直すことができないため、部品から自社で作るようになりました。今も社内には鉄工所があります。
新しいデニムへの、終わりなきチャレンジ。
カイハラのデニムには様々な種類があり、新作として毎年800点から1,000点くらいの新商品を作っています。世界80か国の原綿からデニムに最適な糸の種類、形状を見つけ、染料の色の違いや、染める回数を変えたり、重ねる色を変えたりすることで様々な色を出しています。他にも織布技術と整理加工技術により、様々なパターンの製品が生み出されます。そしてサンプル通りの色合い・風合いを、製品でもしっかり再現することも非常に大切な技術なのです。価格と量の競争では世界で勝負できないので、市場、顧客が求める新しいデニムを最高の品質で常に作り続けています。
JAPANデニムを備後の人に。
近年では、デニムのユニフォームを着たいという相談をいただく機会が増えてきました。職種によって当たり感が違ったり、色が変化したりするので避けられてきましたが、徐々にコラボレーションを始めています。デニムは国籍、人種、性別、年齢に関係なく着られる衣料だと思います。世界で評価されているJAPANデニム。日本の人にJAPANデニムを、もっと言えば備後の人にJAPANデニムをぜひ着ていただきたいです。
NEWS from
カイハラ株式会社
○団体名
カイハラ株式会社
○住所
福山市新市町常1450
○問い合わせ先
0847-57-8111
○Web
http://www.kaihara-denim.com